キーマンが語る、「渋谷をつなげる30人」6年間の軌跡【前編】立場を超えた“イーブンな関係性”が渋谷にもたらした価値とは?

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地域課題の解決を目指すプロジェクトとして、2016年に産声を上げた「渋谷をつなげる30人」。その後、このスキームは全国へと広がり、現在は渋谷を含む8つのエリアで同様の取り組みがなされています。この活動をさらに加速させるべく、今年度には「一般社団法人つなげる30人」が発足する予定です。

それに先駆けて、「渋谷をつなげる30人」の黎明期を支えた参加者などのキーマンたちが一堂に集い、渋谷の街におけるこのプロジェクトの意義などを語り合いました。

座談会メンバーは、渋谷区副区長の澤田伸さん、同区長室の今井桐衣さん、東急不動産(現在、東急に出向中)の伊藤秀俊さん、渋谷センター街商店街振興組合の鈴木大輔さん。司会進行は、「つなげる30人」プロデューサーの加生健太朗が務めました。

(以下、敬称略)

●本当の意味での「パートナー」になった

加生: まずは自己紹介とともに、「渋谷をつなげる30人」での活動の思い出、印象に残っているエピソードなどを教えてください。今井さんからよろしいですか。

今井: はい。私は「渋谷をつなげる30人」の2期生として参加しました。現在は渋谷区役所の区長室に所属していますが、当時は経営企画課にいて、改定したばかりの「渋谷区基本構想」を周知、推進するセクションで働いていました。

渋谷区長室の今井桐衣さん

「渋谷をつなげる30人」のコンセプトが、まさにこの基本構想を実現するためのプロジェクト作りや、渋谷の街の課題解決だったということもあり、区役所職員2枠のうちの一つをいただいて、参加することになりました。私はスポーツをテーマにしたチームで活動しまして、そこでイベントを開催できたのが一番心に残っています。

 加生: 続いて、伊藤さんお願いします。

伊藤: 会社(東急不動産)からの指示で第2期に参加しましたが、とても感銘を受けたため、第3期は行かせてほしいと志願しました。印象的だったのは、澤田さんが「イーブンな関係性が一番重要だ」とおっしゃっていたことです。初めは「イーブンって何だ?」という感覚だったのが、活動を続けるうちに「あ、これだ」と腑に落ちました。それが今では自分自身の人生のベースになっています。

加生: 具体的にどのあたりが腑に落ちたのでしょうか?

伊藤: それまではビジネスパートナーと言っても、会社の取引先である以上は正面を向いて「対峙」するものだと考えていました。でも、イーブンな関係性というのは本当の意味での「パートナー」で、同じベクトルに向かって一緒に歩むことができるんだなと。それを「渋谷をつなげる30人」で学びましたね。

加生: ありがとうございます。では、鈴木さん。

鈴木: 渋谷センター商店街振興組合の仕事をしています。2期生として参加したころは常任理事だったんですけど、今は常務理事に出世しました(笑)。

僕は地元住民として「渋谷をつなげる30人」に入りましたが、以前から商店街や青年会議所などで地域活動をしていました。ただ、それぞれがバラバラな活動だったんです。「渋谷をつなげる30人」に関わったことで、点が線になり、今ではそれが面になってきたと実感しています。

渋谷センター街商店街振興組合の鈴木大輔さん

一例を挙げると、本業は不動産業者なので、区役所の建築課で手続きや相談をすることが多いです。これまでは窓口でたらい回しにされても、それが当たり前だと割り切っていましたが、「渋谷をつなげる30人」でたまたま建築担当の職員と同じチームになったんです。その後は何か困った時に即座に相談できるようになりました。効率が良くなったというよりは、こういう仲間が渋谷区内に、それも役所の中にできたことが嬉しかったですね。今井さんも同じで、何か困りごとがあれば直接連絡できる関係性がありがたいです。

加生: 鈴木さんは「渋谷をつなげる30人」に入る前からも、渋谷の企業と連携することはあったのですか?

鈴木: あるにはありました。例えば、商店街の祭りでは東急グループをはじめ大手企業の方々と一緒に神輿(みこし)を担いだりします。ただ、それはあくまでも商店街のお手伝いに来てくれるお客さまとしてなんですよね。

●外の世界を知らなかった渋谷区職員たち

加生: ありがとうございます。では、最後に澤田さんお願いします。澤田さんは「渋谷をつなげる30人」の第0期と言いますか、立ち上げのときからお世話になって、一緒に企業を回っていただいたという経緯があります。

澤田: 渋谷区の副区長で、CIO(最高情報責任者)を兼務しております。民間企業4社を経て、2015年10月に渋谷区役所に入りました。民間出身で、かつ行政経験ゼロの人間がナンバー2のポジションに就くのは、東京23区では初めてでした。

区役所に来てすぐに直面した課題は、庁内にどんな人財がいるのか全然分からないことでした。なぜかというと、人事データベースはなく、職員のこれまでのキャリアや評価なども管理されていなかったからです。その状態から、どうやって職員を把握し、生産性を引き上げるのかを考えました。

渋谷区副区長の澤田伸さん

それに向けた施策の一つが、さまざまな領域でのデジタルトランスフォーメーション(DX)です。これは相当うまくいっていると思います。もう一つは、外とつながること。これを徹底的に行わなければ、庁内が活性化しないことは明白でした。当時、外部と対等にパートナーシップを組んで仕事をするという経験を、ほとんどの職員が持っていませんでした。基本的には委託や発注といった契約行為ばかりでしたから。

地域や社会に対して本当の意味で貢献できるような人財が自治体にいなければ、地盤沈下していくよりほかないと痛感しました。そういった状況の中で「渋谷をつなげる30人」の構想を聞いたとき、これは職員たちが外の世界とつながり、フラットに対話をして、地域課題を解決していくようなプロジェクトとして機能する予感がありました。

ただし、問題もありました。プロジェクトを運用する原資を誰が負担するかということです。仮に行政が100パーセント負担すれば、単なる委託事業になってしまいます。それは絶対に避けるべきで、対等に出資する必要があると主張しました。

加生: おかげさまで、現在は30人中20人が企業からの参加者で、費用もいただいています。他方、行政やNPO法人、市民団体などの参加者はご招待という形はこの6年間継続しています。

澤田: ようやく自走できるようになったのは、非常に良い成功体験ですね。しかも、他の都市でも新たな効果が生まれているのは素晴らしいと思いますよ。

●バックキャスティングで取り組むべき

加生: ありがとうございます。地域や規模に関係なく、誰もが始められるように環境を整えていくのがわれわれ運営側の大きな役割だと感じています。

澤田: 昨今、「パーパス(社会における存在意義)・ドリブン」を掲げる企業が増えていますが、まさに「渋谷をつなげる30人」はパーパス・ドリブンをテーマに、パブリックベネフィットをどう作るのかを考えている活動です。ようやくその考え方に企業や社会が追いついてきたという印象です。

伊藤: 東急不動産の中期経営計画の中でも「パートナーシップ」という言葉が出てくるなど、企業の情報発信においても当たり前になってきていますね。

澤田: そうなると一番変わらなきゃいけないのは自治体なんです。自治体というパブリックセクターが、プレイヤーとしてきちんと機能できるかどうかが非常に重要になってきます。

幸いにして渋谷区は出来つつありますが、多くの自治体では難しい部分があるのではないでしょうか。なぜなら、ずっと組織の中しか見ていないから。世の中には地域活性化のプログラムがたくさんありますが、そこに自治体がプレイヤーとして参加していて、地域の課題解決につながる支援までをできているかどうかが重要です。

加生: 今後は自治体の中から課題をオープンにしていくことが大切だと思うのですが、渋谷区の場合、それをどのように行っていますか?

澤田: 僕たちには基本構想があるため、その目指すべき世界に向けてバックキャスティングで取り組んでいます。一方で多くの自治体は、どちらかといえば短期解決型の組織なんです。例えば、「道路の補修をしてください」とか、「商店街の美化を何とかしてください」といった目の前の課題に対応していく。もちろん、それもやらなくてはいけないんですよ。でも、新型コロナウイルスの影響もあり、世の中のマインドセットが変わってきている今、やはり自治体は中長期的な視点で、あるべき姿からバックキャスティングして戦略を組み直すことが必要ではないでしょうか。

●「あ、できるんだ」という驚き

加生: 自治体の職員が「渋谷をつなげる30人」に参加することへの期待や効果といった話がありました。今井さんは実際に参加してみてどんなことを感じましたか?

今井: 先ほどもありましたが、それまでは企業の人とは契約ありきの関わり方がほとんどでした。それがフラットな関係になって、一緒にイベントまで開催できたのは貴重な経験でした。また、通常、役所は前年度に予算を確保して計画通りに執行しますが、イベントを実施した際には、短期間で計画を立てお金を集めて実行と、経験したことのないスピードで動いていきました。そういった経験を通して、「あ、できるんだ」「やっていいんだ」と思えるようになったのは収穫だったと思います。

澤田:  職員は皆、そういうプロセスの中でずっと生きてきたから、最初の川を越えるのが大変です。「こんなことやって誰かに怒られませんか」「部長とか課長に報告しなくても良いんですか」「決裁いりませんか」などとすぐに言い出します。

今井:「渋谷をつなげる30人」では誰かの許可を取るのではなく、皆がやりたいからやろう、これは絶対に街のために良いからやろうという観点を大事にしていました。私も微力ながらそこに携われたことは、すごく感動的だったし、自信にもなりました。

それと、自治体からの参加者は2人だけだったので、思いのほか皆さんが頼ってくれるのも嬉しかったです。「渋谷区ではどういった点が課題なの?」とか、「渋谷区が目指す方向性は?」とか聞いていただけて、公務員という立場からここで生かせるものがあるんだと感じましたね。

加生: この6年間で、渋谷区役所からは12人の“イノベーター”が生まれていることになりますが、それによる役所内の変化はありますか?

今井: もう12人もいるんですよね! 外部で活動している職員が身近にいることで、何かしらの刺激や影響はあると思います。役所全体もそうした環境に慣れてきているから、他の職員も「自分も何かをやっていいんだな」と思える雰囲気になりつつある気はしますね。

加生: これまで参加した12人の中で、特にこの人は変わったなという具体的な事例があれば教えてください。

澤田: 渋谷の街の落書きを消すプロジェクトに参加した女性職員はまさにそう。「渋谷をつなげる30人」に参加したことで、明らかに意識が変わりました。街の美化推進などをする環境整備課から別の部署に異動した今でも積極的に落書き消しに参加しているんです。そんな職員なかなかいないですよ。

伊藤: 今も続けているというのは、ワークライフインテグレーションになった証ですね。ワークライフバランスだとライフとワークが分かれていますが、インテグレート(統合)なので、落書き消しというワーク自体がライフになっているわけです。その感覚は僕自身もよくわかります。

澤田: きっと彼女は落書きを消すことが好きなんじゃなくて、落書きを消すという行為で集まったつながりと、消すことでお客さまを笑顔に変えているという一連のプロセスに満足しているからだと思います。洋服とかが汚れるから、落書きを消すこと自体は好きじゃないかもしれない。でも、あの時はおそろいのユニフォームを着て、皆で活動するという一体感があります。そういう場に参加することが自治体の職員という枠を超え、一個人として活性化した良い例じゃないかな。

加生: そういう変化を見て、周りの職員も少しずつ感化されているのでしょうか?

澤田: 「渋谷をつなげる30人」だけが外部と接点を持つ活動じゃないんですよね。僕が区役所にやってきてから、職員を東京都や複数の省庁へも出向させていますし、積極的に民間経験者を採用しています。あとは、渋谷の街全体をイノベーションしていこうというイベントにも職員がどんどん参加しています。全員ではないにせよ、そうした一連の取り組みの中で大きな変化が生まれているのは間違いないです。

●仲間がいるからこそ

加生: 企業からの参加者としての意見も聞かせてください。伊藤さんはことあるごとに「渋谷をつなげる30人」が自分の人生を変えたと話しています。

伊藤: 「渋谷をつなげる30人」に参加する少し前の2017年4月、東急不動産が渋谷でスタートアップの共創事業を始めるということで、その担当になりました。僕自身はそれまで財務経理の仕事を7年間やっていたので、「次はまちづくりだ」と言われても正直ピンときませんでした。僕だけじゃなくて東急不動産のメンバー大半が、「スタートアップって何?」「共創って何?」という状態だったのです。

東急不動産(現在、東急に出向中)の伊藤秀俊さん

そんな時期に「渋谷をつなげる30人」に参加しイーブンな関係性を学び、本当の意味でのパートナーシップを体感したことが人生の糧となりました。澤田さんがおっしゃっていたように、落書きを消すことが好きなんじゃなくて、一緒にやる仲間がいて、仲間とコミュニケーションを取れることがすごく楽しくて。これは「共創」を目指すスタートアップ共創事業の中でも生きています。

加生: いわゆるスタートアップのエコシステムみたいなものを作る際に、もちろん場所も大事ですが、人と人をつなぐ役割も必要だと思います。それについてはいかがでしょうか?

伊藤: 僕自身もコネクタとして動いていますし、パートナーシップを組んでいるメンバーそれぞれが自分ごととして、積極的に人と人をつなげてくれています。それがすべて渋谷を舞台に行われています。僕らのビジョンは渋谷に関わる人々が「それぞれの豊かさを実現することができる」まちづくりであり、そのためのミッションがスタートアップやエコシステムビルダーとのパートナーシップを実現することです。そうした点でも「渋谷をつなげる30人」での経験は変え難いものでした。

加生: 「渋谷をつなげる30人」のプログラムが終わってもメンバーとのつながりは残るし、そのマインドを持って業務に当たることができるのは、まさに伊藤さんにとってもワークライフインテグレーションになっているということですね。

ちなみに、企業にとって「渋谷をつなげる30人」に参加する意義は何でしょうか。6年間にわたり多くの企業と向き合ってきた経験を踏まえると、私の中で大きく2つに分かれます。一つは、「とても良い取り組みだ。ぜひ参加したい」という意見、もう一つは「興味はあるのだけど、今は人を出すことは難しい。」等といった意見です。伊藤さんはどう捉えていますか。

伊藤: すごく難しい問ですね。東急不動産の長期ビジョンに照らすと、パートナーシップと社会課題解決が2本柱なので、こんなにど真ん中なプログラムはないわけです。一方で、各論に落とし込んだ時に、人的リソースが足りないという話になります。例えば、1カ月に45時間以上残業してはいけないとか、有給は5日以上取らなければいけないとか。これはこれで重要であるものの結果的に、課外活動をする余裕がないから断るというケースは、他の企業でもあるのではないでしょうか。

もう一つは、どうしても協賛案件だと思われてしまうことです。従って、直接収益を生むものでなければ、予算に対しての優先順位が低くなってしまうんですね。特にコロナ禍で先行きが不透明な今はなおさら投資がしづらくなります。

人員不足と予算の関係で優先順位が下がる中、それ以上のバリューを説明しなければ企業は動きません。それが可能なのは、恐らく「渋谷をつなげる30人」に参加しバリューを直接体感した人間しかいないと思います。だからこそ、社内にしっかりと活動の意義をフィードバックしなければならないと強く感じています。

加生: バリューという意味では、継続的なつながりが挙げられるかもしれませんね。仕事上のつながりだと、役職が変われば切れてしまうことが多いじゃないですか。でも、「渋谷をつなげる30人」は、その人が何の役職でどんな組織にいようが、付き合いは残るのが特徴的だと思います。また、仲間を皆で応援したいという気持ちになれるのも魅力なのかなと感じています。

伊藤: 大輔(鈴木さん)との関係性はまさにそうですね。

(後編に続く)

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